「紀尾井町」というのは、紀伊徳川家、尾張徳川家、彦根の井伊家の屋敷がこのあたりにあったことに由来するそうです。
紀伊家の屋敷跡は清水谷公園のあたりだったそうです。
今日は、尾張家・井伊家の屋敷跡を探してみました。


imgd1c71022zik1zj 四ツ谷駅から上智大学の脇を通ってホテルニューオータニ方面に歩くと、近代的なオフィスビルの前にぽつりと佇む石碑。
 このあたりが尾張名古屋藩の上屋敷跡だそうです。

 このビルの1階は、とっても敷居の高そうな料亭があります。
 その料亭の格式高そうな和の雰囲気が、いかにも徳川御三家筆頭の屋敷の跡地!という気にさせます。
 石碑自体は、とてもシンプルでともすると見落としてしまいそう・・・?!


 続いて彦根の井伊家屋敷跡。


img21a59f4fzikazj こちらはホテルニューオータニの入り口付近に石碑がたっています。
 本当にひっそりとしたたたずまいが、風流人が多かった(?!)井伊家をほうふつとさせる・・・気がします。


 昔はさぞや大きな御屋敷があったのだろうな、と思いますが、いまの景色は全く違っていて、きっと江戸時代のお殿様が見たらばびっくり仰天するのではないかと思います!


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